Pantomimist in Ginza


 Pantomimist ; Shou Okuda

 

奥田翔による気鋭のパントマイム。in 銀座である。

「蛙」・・・・・マイムによる生態模写。人間と関わることのない自然のリアリズム。
「断捨離」・・・片付け下手の奮闘記。散らかった部屋の惨状に、一大決心して掃除にかかるのですが…。
「砂丘」・・・・風景のマイム。刻々と形を変える砂の世界。ゆったりと流れる時間の流れ。
「黒板」・・・・放課後の教室。こっそりとチョークで描かれた落書きから空想が広がって行く、そんな作品。

以上が演目です。
一年くらい前にも奥田君出演のパントマイムは見せてもらったが、
正直演目を見ただけではそれがどんな作品であるか僕には想像できません。
音も無く彼から差し出された箱を開けて、僕はただ感動するだけです。

知った風な口をきくのは大変恐縮ですが、
というか、
奥田君、勝手に書いてごめんなさい!これは完全に事後承諾ですね。

「蛙」「砂丘」は演者の観察からくる模写である。
質量も構造も異なるものを、人体によって表現する。
指三本のシュールで緑なあいつを、
さらさらと、朝昼晩粛々と姿を変えていくあれを、
「動き」によって連想させる。
それらを誰もが知っているからこそ、リアリズムとディフォルメのバランスを巧くとらなければ、
そのものの姿を人に伝えることはできないだろう。
表情と肉体をどう動かせばよいか。
そして肉体を実際にどう操作すれば、そのように動くのか。
個人的には制作の裏側が非常に気になる作品でした。
作品そのものに関しては、僕は特に「砂丘」が好きです。
人が表現するからこそ其処に情感が生まれ、何故だか砂に感情移入させられてしまいました。
人知れず粛々と流れ続ける砂の、もののあはれ。
諸行無常。泣けます。
あんなにも人体は動くものか。

「断捨離」「黒板」は動きはコミカルなものが多く、前述二作品とは対照的な作品でした。
一年前の「金魚」という作品もそうだったが、奥田君の作るノスタルジックな空気がすごく良く、
ぐっと感情を刺激されます。
それによって観客それぞれに思い起こされた光景は違うだろう。
描かれた内容に留まらず、それぞれの解釈によって作品が補完されていく。
どれ程とっ散らかった部屋なのか、どんな腐臭を放つツマミなのか。
放課後、黄昏時なのか。主人公は小学生なのか、中学生なのか、はたまた先生なのか。
観客もデザイン可能な、非常に魅力的な作品でした。

次回も行きます!!
奥深きパントマム、奥田翔の作り出す世界観。
必見です。

 

 

 

 

 

 

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